報われない恋だと知っていても

07.離したくない

彼は、いつもそうだ。
私の気持ちは受け取ってくれないくせに、
私が誰かのものになりそうになると、手を掴む。まるでそう・・・
興味を示さなかったオモチャを横から取られそうになると怒る子供のように。

水瀬に片思いしてる1年半の間、他の男と全く縁がなかったわけではない。
クリスマスシーズンが迫るある日のこと、同期の坂本に告白されたことがあった。
同期と言っても部署が違ってフロアも違うから、あまり顔を合わせる機会がなかったのだけど、
向こうは新人研修の頃から覚えていて気にかけてくれていたと云う。
告白されて嫌な気がするはずもなく、真剣に誰かを思う気持ちも分かる。
紗夜は素直に嬉しかったし、自分を好きでいてくれる人が会社にいたのは驚きと恥ずかしさがあった。

けれど、紗夜は水瀬のことが好きだし、坂本の事をあまり知っているわけでもないので丁重にお断りした。
それでも「まずは自分の事を知ってほしい」という彼を無下にできるワケもなく、何度か食事に行くというデートに付き合った。
彼は同じ歳だという気さくさもあり、優しくて温かみのある人だった。


「あの男と付き合うのか?」

そう尋ねられたのは、クリスマスイブのこと。
家族や恋人がいる者は適当に仕事を切り上げ退社しているというのに、紗夜は水瀬の指示の下で残業をしていた。
何もこんな日に・・・とも思わなくもないが、2人だけで残業しているということにドキドキした。

「あの男・・・って、坂本くんですか?」

実はこの日も坂本にデートを申し込まれていた。
けど、「OK」を出す前に、水瀬から残業を言い渡され、デートを断ったのだ。
クリスマスデートよりも仕事、仕事といより、水瀬、を選んだことに気がついていないのか、モヤモヤした気持ちが紗夜の心に広がっていく。

「どうなんだ?」
「どうって・・・べつに付き合ったりしませんけど・・」
「けど?」
「いや、べつに何もないですよ」
「・・・どうだか」

「?????」

ねぇ?このやりとりってどう思う?
これって、ヤキモチやいてる人が云うセリフよね?

水瀬はいつも通り表情を変えず、パソコンへ向かってキーボードを叩き込んでいる。
カタカタ・・・と連続的な音が聞こえくるから、手を休めず話しているのだろう。
仕事しながら器用だな・・・じゃなくて。

「あの・・誤解してほしくないんですけど、私は別に坂本くんのこと・・」
「誤解はしてない」
「なら、どうして聞くんですか?」
「確認しただけだ、悪いか?」
「いや、悪くないですけど・・・」
「けど、なんだ?」
「いや・・・聞いてるのはこっちなんですけど・・・」

何よ、この不毛な会話ー。
じゃぁ?何?同期の子に告白されました。でもあなたのことが好きです。今日も断りました。
だから付き合ってください、と言えば、付き合ってくれるの?・・・そんなの無理なくせに。

紗夜はこの夜、むしゃくしゃする気持ちを抑えきれず、ユリヤと昌也を誘ってバッティングセンターへ行った。
掴めそうで掴めない、けど、諦めようとすると甘い手を差し伸べる。
「付き合いませんよ」と、云ったとき、水瀬は僅かに口の端を上げて微笑を見せた。
気をつけなければ身逃してしまいそうな笑みだが、紗夜が好きな顔だ。

「ずるいぞ、水瀬貴志ー!」

カコーン、といい音を立ててバットがボールを跳ね返す。

「ひゃっほうー!紗夜!あんた、野球の素質があるわね!」
「ふふふー昌也のヘタクソー!」
「まぁ、憎たらしい子!ユリヤ!この子、口が悪いわ!だから振られるのよ!」
「も〜2人とも飲みすぎ!wwww」 

あの日はひたすら、水瀬の悪口を言いながらビールを飲んでバットを振り回した。
街中にはカップルが溢れ甘い夜を過ごしているといるのに、女3人(2人)でバカ騒ぎ。
痛すぎると苦笑しながらも泣き潰れないで済んだのは、昌也のバカバカしい闘争心と、ユリヤの泣き笑い。
それから、まだ捨てれないでいる彼を想う気持ちだった。



「・・・ずるいよ、水瀬さん」

彼の車が停っているパーキングで、不意に抱きしめられたまま紗夜はつぶやいた。
その声が震えていることに気がついたのは、涙が1粒溢れた後だ。
泣き顔を見せたくなくて紗夜は、顔を下へ向けた。
もっとも、抱きしめられた状態では、彼に顔を見られることもないだろう。

「何が?」
「何がって・・・どうしてこんなことするの?私の気持ち知ってるくせに」
「そうだな・・・知ってる」
「なら、どうして?」

お見合いしたくせに。
楽しそうにあの子(麗華)と話していたくせに。
私の気持ちを受け取ってくれないくせに。
なのに、どうして今ここで、私を抱きしめるの?

「お前が約束を破るからだ」
「約束?」
「ああ、俺のこと、一途に想うって云っただろ?」
「一年半前の約束ですよ?そろそろ時効が来てもおかしくない・・・」

そう、あれは1年半前、初めて出会った日に約束したこと。
あれからずっとそれを守ってきたけど、もうそろそろ潮時でしょ?
周りの皆が諭すように云ってきた言葉を、今、自分で痛いほど感じている。
どんなに思っても水瀬貴志は、手に入らない。

「そうか、ならなんで、泣いている?」

水瀬はそう云うと、紗夜の体をクイっと離した。
それでも彼女が離れ過ぎないように後ろにある車に両手をついた。

「・・・泣いてないです」
「泣いてるだろ?」
「泣いてない!もぅ〜いい加減にして」

初めて彼が憎いと思った。
何度振られても嫌いになれなかった相手、水瀬貴志。
完璧な上司で仕事人間で、女の子の扱いなんて最低レベルだったけど、「人間」としては尊敬できる人だった。
時々みせる優しい微笑みに、何度も救われた。
例え、好きになってくれなくても、自分の気持ちがブレないならそれで良いとさえ思った。

なのに、これは酷いよ。
こんな風に繋ぎとめようとする。・・・けど、彼の心はいつもくれない。
彼にとっても、これはGAMEだから。
でも、もう限界。私の気持ちをかき回さないで・・・・。

力無げに項垂れる紗夜を、水瀬は驚く程優しく抱きしめた。
いい加減にして欲しいと思う心の端に、ドキドキとした喜びも同居する。
結局、どんなに酷くされても彼を嫌いになれそうにはないんだ。
人を嫌いになるということは、恋に堕ちるより難しいことだな、と紗夜は思う。

「・・・お前なら、いつか・・と思った」

不意に水瀬が口を開く。
ぼそっと話すその声は、ぼんやりしてると聞き逃してしまいそうなほど小さく覇気がない。
紗夜は再び水瀬から離れて、彼の顔を見上げた。
クールないつもの表情にわずかに寄せた眉根。
静かで深く動かない、儚げな瞳は・・・・どこかで見たことがある・・・。

そう、あの時、初めて彼にあったあの日、紗夜が恋に堕ちたあの瞳だ。

引き寄せられるように・・・
思い出すように、紗夜はゆっくりと彼に近づいて唇を重ねた。
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