報われない恋だと知っていても

02.GAMEOVER

ホンネをいうと、初めは軽いノリだった。

酔った席での゛確信" ほど、不確かなものはなく、それを熱っぽく語るほど子供でもない。
一夜限りの・・・とでも言えば、大人っぽく聞こえるだろうか、それもどこか言い訳じみていて胡散臭い気もするけど。

突然キスをした紗夜に、彼は冷めた瞳で受け流した。
男なら受け入れるべきでしょう?挑発した女に恥をかかせないために。
それができないのは、フリーではない。つまり誰かの所有物であること。

―なんだ、そういうこと?

尋ねた紗夜に、彼は首を振って答えた。
相当な量の酒を飲んでいるのにもかかわらず、表情は至ってシラフだ。

―じゃぁ、何?こんな軽い女はお断りってこと?
―いや・・・
―女に興味がないなんてこと言わないでよ・・・?
―うーん、まぁ、そういうところかな。
―うそ・・そっち系?
―そう見えるか?残念だけど、そうじゃない。女そのものに今は興味が持てないだけだ。

女そのものに・・・って。
じゃぁ、何で私にお酒を奢ったのよ。この場合、脈アリだと思うじゃない。

―そっちは?いつも男にこうなの?

今度は彼が紗夜に尋ねた。
カウンターに頬杖をつき、ほんの少し下から彼女を見上げるように眺めてくる。
高そうな腕時計がスーツの袖から覗いている。

―酷い、そんな風に見ないで。ただ・・・
―だた?
―タイプだからよ・・
―タイプ?
―そ、顔も・・スタイルも、すっごく好み。

世の中、芸能人を除いて、自分のタイプに完璧ハマる人間なんて数少ないと思う。
そんな人が目の前に現れたら?既婚者じゃない限りアタックするべきじゃない?
少なくとも紗夜はそっち側の人間だ。いわゆる・・・肉食系と呼ぶべきか。かと言って雑食ではない。
自分の好みに一途なタイプだと言えば、聞こえも良いだろう。

―嘘くさいね。
彼が云う。
空になったグラスを少し持ち上げ、バーテンに振ってみせた。
グラスに残った氷が、カランカランと軽快な音を立てる。

―嘘じゃないわ、本気よ。私はこう見えても結構、一途なんだから。
―一途ねぇ・・・女っていうやつは、誰でも初めはそう言うんだ。
―私をそこらの女と一緒にしないで。
―そ・・・なら、証明してみせて。
―証明?
―ああ、その一途とやらを俺に見せてくれよ。

「一途」を証明して見せろ?
なんて高飛車な男なんだろう?こんな事をいう男に出会ったことがない。
自惚れるつもりはないが、今まで紗夜は今まで男に振られたことがなかった。
浅い、深いは抜きにして自分からの誘いを断られることに少々驚いた。
BARの出会いなんて後腐れなくて一番楽だと思うのに、今時中学生でも言わないようなことを、この男は平気で云う。

新しくお酒が入ったグラスを受け取ると同時に、彼はバーテンにカードを渡した。
そして精算が終わるまでにグラスの中身を飲み干し席を立つ。
その隣で唖然とした表情で眺めていた紗夜に一瞥をくべると、不敵な笑みを浮かべて店を後にした。

ありがとうございます、
と云うバーテンの声で我に返った紗夜は、慌てて席を立ち外へ出たけど彼の姿はもうどこにもなかった。

連絡先どころか、名前さえも聞けなかった。
なんて間抜けなやつなの?・・・一途を証明しろなんて言いながら、名前を知らずどうやるの?
それとも五月蝿い女を追い払うための手口?
ああ、そう思うと悔しい・・・。

まぁ、いいや。
縁があるなら、またここで会えるでしょう。そしたらその時が勝負よ。
紗夜は静かに席を立ちそのまま家路に着いた。

そう、この時はまだ、彼女の中でもほんのちょっとしたGAMEだった。



「ねぇ、ねぇ、ねぇ、聞いた??」

給湯室、別名、サボリ室で、甲高い声をあげて紗夜に近づいてきたのは、同期の由佳だ。
OLとは聞こえが良いがただの雑用係。このサボリの部屋で、ゆっくーりとお茶を入れるのが、朝1番、紗夜の仕事だった。

「どうしたの、由佳」
「ちょっとーそんな悠長な声を出している場合じゃないよー」

由佳はよほど急いで来たのか、髪が乱れ息が上がっている。
制服のボタンをチグハグな留め方をしていて26歳の女子にしては恥ずかしい限りだ。
けれど、そんなことを気にも留めない様子で、紗夜の両肩に手を置いた。

「いい?落ち着いて聞いてね・・・」
「・・うん・・何?」
「水瀬さん、お見合いするらしいわよ」
「え・・あ、そうなんだ」
「何?驚かないのね、もしかして、知ってた?」

由佳が怪訝そうに眉を潜めた。
ついさっきまでは紗夜を気遣うような雰囲気を出していたくせに、彼女の態度があまり変わらないと分かると、つまらなさそうに口をすぼめる。
せっかくショックを受けるであろうビッグニュースを持ってきたのに・・・と言わんばかりだ。

水瀬貴志がお見合いするということは、本人から聞いていた。
お相手は同グループ企業の専務のお嬢さんとかで、現在、副部長をしている彼からすれば悪くない縁談だろう。
これで、部長に昇格するのも決まったようなものだ。

そっか、やっぱりするんだ・・お見合い。
一途を証明しろと言ったくせに、自分はさっさとお見合いしちゃうなんて酷い男。
所詮、向こうにすればただのGAMEだったんだよね。
一方的にGAMEを初めて、そして、一方的に終わらせるなんて・・・

由佳が云う。
「あんなに告白してたくせに平気そうな顔して」 
彼女は紗夜が哀しそうな顔をしないのが面白くないらしく、別の人のところへ行って噂話に花を咲かせている。
多方、今朝仕入れた水瀬お見合いのニュースと、それに動じない紗夜の悪口だろう。

紗夜が水瀬に惚れていて、告白しまくっているというのは部署内で知らない人はいない。
隣り近所の部署の人間でも知っているだろう。
由佳と同じように面白半分で憐れむ人、本当に心配してくれる人、そっとしてくれる人、
いろいろいたが、その全てを紗夜は笑顔で交わした。

報われない恋だと知っていて、始めた恋。
初めはただのGAMEだった。
でも、彼を知るたびにどんどんその深みに嵌っていった。
あんな出会い方をしなければ・・・と嘆く日もあった。
いや、あんな出会いだったからこそ、ここまで気持ちに忠実でいれたのかもしれない。

でも、どうか。
GAMEOVERになるまえに、せめて私の「一途」を認めてほしい。
この気持ちを受け取ってもらえなくても。

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