報われない恋だと知っていても

01.エベレスト級な恋


「好きです・・・!」


「・・・・・いや、まだ無理」




17戦0勝16敗1保留。
ある意味、感心してしまう数字だけど、気にしない。
もはや恒例となってしまった1ヶ月に1度の「告白」という名の闘いを終え、高木紗夜(さや)は清々しい気持ちで家路に着いた。

すき と、いう気持ちを押し込めるに、自分の胸はキャパシティが狭すぎる。
溢れ出そうでおかしくなってしまう前に、口から出してしまう。
その答えがたとえ拒絶であっても、彼に伝えることに後悔はない。

そう、だってこれはGAMEから始まった恋だから。
まぁ、いいや。16回も断られ、1回だけ保留へもつれ込んだだけ良しとしよう。
向こうもどうせ、何かのイベントのようにしか思ってないんだから。

水瀬貴志

彼に恋してしまったのは、1年半前。
たまたま立ち寄ったBARで偶然出会いお酒を飲んだ。
スツールに腰をかけ、ジンフィズを水のようにハイピッチで飲み干す。その後、ウィスキーのロックに変えそれまた割と早いペースで飲む。
随分と乱暴な飲み方をする人だな、と思ったのが第一印象。

目が合って、何となく・・・覚えてないけど、どういう成り行きでそうなったかは分からないけど、隣で1杯奢って貰った。
甘いカクテルでも?と尋ねるバーテンを無視して彼と同じウィスキーを頼んだ。
そんな私に軽くそっとだけ微笑む顔がタイプだと思ったのが、第二印象。

同じものを飲めば、隣にいる彼の心が読めるような気がした。
初対面なのに・・・無性に「知りたい」と私を思わせたものは、彼の瞳だ。
静かでじっと動かない黒い瞳には、憂いが含まれていて薄暗いBARの中に溶け込んでいた。
どこか寂しげて、どこか儚げで、私は大胆にも彼に頬に手を添えると唇に自分の唇を重ねていた。

キスされて、気がつく恋もあるだろう。
けれど、私は自分からキスをして恋に堕ちた。
そしてもっと彼を好きになる、そう確信した第三印象。

運命と呼ぶべきか、宿命と言うべきか、人生には避けられない道があると思う。
透明な糸を巧みに張り巡らせた蜘蛛の巣に囚われるように、紗夜は必然的に嵌ってしまった。

でも、所詮、BARで出会った男。
もう一度、偶然がなければ出会えない男だと思っていた。
そんな彼が、紗夜の務める会社に転勤してきたのが、あの夜から2週間後。
それって、もう奇跡じゃない?いや、運命よね?

惚れやすいのは、私の弱点。
確かに今までの恋だって、一目惚れから始まる恋が多かった。
でも、それで失敗したことはないし、痛い思いをしたこともない。自分の直感は冴えてる方だと思う。
今回の恋だって、絶対絶対叶えられると思ったのに・・・・強敵すぎる!水瀬貴志!


「ただいまぁー」

紗夜は気の抜けた声を出しながら、マンションのドアを開けた。
途端、パンパン、パンパンパン!っと派手な音を立ててクラッカーの花吹雪が飛んだ。

「うっわ、何?もぅ〜」
「紗夜、おっかえりー」「おかえりー!おめでとうー!」
「ん?うん?何〜?おめでとうって」

髪の毛にひっついた紙テープをはがしながら、紗夜は同居人のユリヤと昌也に怪訝な声を投げつけた。
2人はニヤニヤと笑いながら、驚く紗夜の肩を抱いて強引にリビングへ引っ張っていく。
ハイヒールをまだ脱いでいなくて転びそうになる彼女を支えつつ、昌也が俊敏にそれを剥がしとった。

「連敗更新記録を塗り替えた紗夜選手、1言!」
「はぁ〜?」
「どうせ今日も振られたんでしょ?さぁ、感想は?」
「ひっどーい、むかつくー!何で振られたって決め付けるのよ」
「あら、じゃぁ、OK貰ったの?」
「それは・・・・まぁ・・・振られたけど」
「やっぱりー!だろうと思った」

ユリヤと昌也は顔を見合わせると、にやっと笑いハイタッチまでしている。

「ちょっとちょっと、酷すぎない?そんなに喜ばなくてもいいじゃないー。友達なら悲しんでよ!」
「友達だから、一緒に笑い飛ばしてるんじゃないのよ」

昌也が云う。因みの彼がこの言葉使いなのは、まぁ、最近TVでもよく見かけるアレだ。
182センチという長身の割にスレンダーで、足なんかそこらのモデルよりもずっと細くて綺麗だ。
彼(彼女)は、夜にはキャサリンという名前の美女に変わる。

「そうだよ、昌也の言うとおり。水瀬という最高峰の山に挑戦して蹴落とされても蹴落とされても、
這い上がって行く紗夜への敬意を示してね、笑い飛ばすことにしたんだよ」

わざと渋面を作り頷きながら話すのは、ユリヤ。
彼女は誰もが振り返る美貌の持ち主で頭もすこぶる良い。才色兼備とはまさに彼女のことをいい、IT会社のプログラマーだ。
お世辞を知らず歯に衣着せぬ物言いは時にとてもキツイのだが、裏表のない性格が紗夜は好きだ。
3人は知り合いを通じでたまたま飲みに行った場所で意気投合し、このマンションでルームシェアをしている。
几帳面なユリヤが掃除担当で、力のある昌也が買い出し担当、料理は紗夜の担当だ。

「でもさぁ〜ふーあんたもよくやるわね、何度振られてもさ、ふー、めげないんだからある意味感動よ」

昌也がワインのコルクを抜きながら云う。
力を入れながら話しているため、ところどころ息の抜けた声をだした。夜の9時になっても家にいるということは、仕事を休んだのだろうか。

「だって・・・諦めきれないんだもん」
「かー、そのセリフ、可愛すぎる!水瀬に聞かせてあげたいわ、こんな可愛い子がずっと告白してるのに振り続けるなんてさ、ねぇ、もしかして、ソッチ系なんじゃない?」

ソッチ系。
ユリヤの言葉に昌也は片方の眉だけを器用に上げて大げさなため息を落とした。

「はぁ〜、全然わかってないね、ユリヤも。水瀬は至ってノーマルよ」
「どうして分かるの?」
「だって、同じ匂いがしないもの」
「あ・・・そ」

1度だけ、ユリヤと昌也も水瀬に会ったことがある。
何度目かの告白のあと、やっと1回だけ保留を貰って喜んだ紗夜は、彼と食事に行くというところまで漕ぎ着けた。
彼としては何度も断るのが悪いと思ったのかどうか分からないが、そんな経緯はどうでもいい。
2人きりで食事に行けることにはしゃいだ紗夜だが、急に不安になった。
押して押して押していた相手に、突如自分が立つスペースを与えられると戸惑うのと同じ感覚だ。
そこで頼りになるのは恋愛マスターのユリヤと、女性より女性らしい昌也だ。

紗夜と水瀬が食事をするレストランに2人も少し離れた席で待機し、偶然を装って合流した。
その後は、いかに紗夜が水瀬を好きなのか、紗夜がどれほど可愛い女か、という事を吹き込み続けた。
結果から言えば玉砕だが、自分のために必死で水瀬にアピールしてくれた2人に紗夜はとても感謝している。

「まぁ、でもさー、紗夜」
「ん?」
「1年半も片思いして何度も伝えているのにOK貰えないってことは、もう見込みがないのかもよ」
「まだ、そう決まったわけじゃないよ」

相変わらずスパッとものをいうユリヤだが、それは紗夜の事を思ってのこと。
分かっているだけに、紗夜は意固地になってしまう。

「ちょっとさ、違う男を見るのもいいんじゃない?」
「わたしも賛成よ、水瀬以外にもいい男は腐る程いるって」
「そうよ、紗夜は可愛いんだから、そんな脈なし男にいつまでも囚われていたら勿体無いよ」

なによ、自分だって美人のくせに、現在、仕事が恋人でまともな恋愛してないくせに。恋愛マスターの名が泣くぞ。
紗夜は恨めしい目つきでユリヤを見つめたが、その視線はすぐに揺らいだ。

それは、自分が1番分かっている。
何度告白してもダメなこと、想いを届けても彼の心に響かないこと。彼のフィールドに立てないこと。
だけど、諦めきれない。諦めちゃいけない理由がある。

それがたとえ、報われない恋だと知っていても。

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