報われない恋だと知っていても

11.報われない恋だと知っていても

背中が怒っている。
追いかけ走って行って見つけた水瀬の背中。
広くて大きくて何度も眺めた背中だから、そこに書かれている気持ちは分かる。
彼は今すごく怒っている。

−今と違って昔はもっと感情を出す人だったのよ、でもあまり怒ったりはしなくてね・・・
貴志を心底怒らせることが出来たら、それは彼の心を掴んでいるってことかもね。

彩の声が再び頭の中で蘇る。
わざと婚約者の話をして、わざと神経を逆なでするようなことを云った。
水瀬を怒らせる為に。

「水瀬さん、待ってー」

そういえば、あの時。
初めて会った時、名前を聞きそびれて慌てて後を追いかけた。
けど、彼の姿はどこにもなくて見失っちゃったっけ・・・。

紗夜は水瀬に追いついて、後ろから彼の腕を掴んだ。
ゆっくりと振り返る彼の顔は、いつものクールな表情で・・・
でも、瞳の中に静かな怒りをあるのを見逃さなかった。

「話は終わりだと云ったはずだ」
「私は終わってません」
「・・・しつこいぞ」
「しつこいのは私の取り柄です!!とりあえずここで言い合ってると人目につくんで場所を変えませんか?」

それなりに人通りのある大通り。
帰宅途中の会社員たちが歩いているなか、女が男の腕を掴んで言い合っているのは目立つ。
実際に、チラチラと視線を投げつけてくる人たちを見て、水瀬も「そうだな」と答えた。

−もし、紗夜ちゃんが貴志の心を掴むことができたら、
昔の彼に戻ってくれると思うの・・・だから頑張って。

「ここなら大丈夫ですよね」

紗夜と水瀬は大きな観覧車が見える公園へ移動した。
土日になるとカップルが増える場所だが、平日なので空いている。
それでも、仕事帰りに待ち合わせしているであろう人たちが、チラホラ目に付いた。

「ああ」

水瀬も周りをチラッと見ながらも頷き、空いているベンチに腰掛ける。

「本当に別れた理由、教えてくれませんか?」

再び、単刀直入に紗夜が質問する。
水瀬は呆れた顔をしたが、紗夜が思いのほか真剣な表情をしているのを見て、
降参したとばかりにボソリと話し始めた。

「彼女は本社にいた時、俺の先輩だった人で・・仕事を一緒にしているうちに好きになった。
一緒に暮らすようになって、5年かな、それくらい経った時、結婚することにした。けど、いざ結婚となったら彼女が渋りだした。
彼女はその時、大きなプロジェクトを抱えていて結婚より仕事が大事だった。まぁ、一緒に暮らしているんだし、結婚なんて紙切れの問題だろ?
俺は別にそれならそれでこのままの関係でも良いと思ったんだ」

覚悟してたとはいえ、やはり彼の恋愛事情を訊くと胸が痛い。
5年も付き合っていて一緒に暮らしていた女性・・・忘れられなくて当然だ。

「でも、彼女は俺と別れたがっていた。理由を聞いたら・・・俺が居てはプロジェクトが成功しないだと、意味が分かるか?」
「・・いえ・・・どういう意味ですか?」
「男だ、あいつは・・・・玲子は、男と寝て仕事を取っていたんだ」

彼の瞳に深い闇を落とすもの。
それは、愛していた恋人の裏切り・・・。
紗夜は目の前が暗くなっていくのを感じた。彼が負った傷はあまりにも酷い。

「恋人として好きだったが、その半分は彼女への憧れだった。その憧れていた人が女の武器を使ってのし上がってきたと聞いたときは発狂しそうになった」
「そう・・・ですね・・・」
「だから俺は女を信用しない」
「それは・・・待って」

待って・・・彼女と私をひと括りにしないで・・・。
でも、そう言い切れる?
彼はそんな過去があったから、初めて会った私に「一途」で居れるか?と、訊いたんだ。
なのに、私は本当に彼に一途で居れた・・?

「いざ、別れようとした時、彼女もそう云って縋ってきた。その姿に心底寒気がした。どうせなら最後まで毅然としていて欲しかった」

彼に片思いする中で、何度も挫けそうになった。
でも、そのたびに水瀬さんが救ってくれていた。
諦めそうになるたびに、優しい姿を少しだけ見せてくれた。
私はそれがずるいと感じでいたけど、本当にそう?・・・違う、それは彼からの・・・

「私は水瀬さんが好きです」
「・・・知っている。でも、俺の過去を訊いただろ?もう、いいだろ」
「良くないです、そうやって過去に縛られて生きていくなんて・・・悲しいです」
「それはお前の感想であって、俺の気持ちじゃない、もう、放っといてくれ」

ほら、まただ・・・。
放っといてくれなんて言いながら、彼の瞳は揺れている。
本当は放っておいて欲しくなんかないんだ。
彼はいつだって私に・・・・。

「放っておけません。いい加減にして欲しいのはこっちの方です」
「・・・高木?」

あぁ、もう泣けてくる。
どうして今の今まで気がつかなかったの?
彼は私を振りながらも、心のどこかで受け止めてくれていたんだ。
そして、隠した臆病な自分の心と闘っていたんだ。
いつか自分を壊してくれる人を待っていたんだ。

「そっちが嫌でも、もう私が傍にいるって決めました・・・見くびらないでください、私とその昔の彼女と一緒にしないで。
女を信用できない?できなくて結構、しなくていいです。私が・・私が水瀬さんのこと信用しますから、だから、もう私を試さなないで・・・」

叶わない恋だって何度も言われた。
絶対女になびかない男だって、諦めなさいって何度も訊かされた。
でも、それでも、私は彼が好き。
何度振られても、何度背中を見せられても・・嫌われても。
私は、彼から逃げない。

いつの間にか自然と涙が溢れてた。
言葉にしたい気持ちはたくさんあるのに、上手く言えなくて・・
その気持ちが涙となって流れていく。
それは、生暖かく優しく頬を撫でていく・・・。

夜風が吹き始め肩が寒いと感じたのも、束の間。
紗夜の体を、水瀬が優しく抱きしめた。広い胸には、いつもの香り・・・。
人の体温がこんなにも心地いいものだと、冷えた体を駆け巡る。

「・・・・負けた」

耳元で小さく震える声。
その声は掠れていて、胸を締め付けるほどセクシーだ。
ずっと・・・聞きたかった言葉。

「私の勝ちですか?」 紗夜は水瀬の胸の中で目を閉じた。そして彼の背中に腕を回す。
「ああ、お前にはもう勝てそうにない」
「なにそれ、弱気すぎ・・・」
「そうだな、でも、もうずっと傍に居てくれるんだろ?」
「はい、ずっといます」
「なら、片意地張る必要もないんだな」
「そうですよ、もう頑張らなくていいです。私が傍にいますから」

−女は男の傍にいて幸せにして貰うものだと思う?
いや、それだけじゃ物足りない。
幸せにして貰うんじゃなくて、自分が幸せにしてあげる。
そして、自分自身も幸せになる。
2人で恋愛していくなら、この方がずっと楽しい。

この事を彩さんに教えて貰ったから、私は彼にぶつかることができた。

「ありがとう・・・・紗夜」

水瀬はさらに力をこめて、紗夜を抱きしめた。
それから彼女のおでこにキスを落とすー。

「傍にいて後悔するなよ、俺はけっこう独占欲が強いんだ」
「それは知ってます」
「じゃぁ、いいんだな?」
「はい」

昨日、彼が云った「崩壊した」姿を見てみたい気もするけど、少し怖いからまた後にしよう。
2人だけの時間は、これからきっとたくさんあるから ♪

辛くても、悲しくても、諦めなければいつか想いは届く。
その結果、どんな結末を迎えようとも、自分の気持ちに素直でいたい。

例え、それが、
報われない恋だと知っていても。


Fin
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