報われない恋だと知っていても

10.一途なのは

もう、多分、これが最後になると思う。
連敗記録もこれで終わり。結果がどうなるかは分からない。
けど、ありったけの想いをこめてラストチャレンジ。
あ、ちなみに。
告白するのに日にちや曜日、記念日などを選ばない。
そんな悠長な計画を立てていたら、頭がおかしくなりそうでしょ?
彼にしたら、ある意味、テロだよね。
テロ攻撃は、不意打ちが効くのだ。

昨日、彩さんから聞いた話は、今までの「水瀬貴志」像をぶっ壊すものだった。
彼は大人でいつも余裕で毅然としていて、感情をあまり出さないクールな人。
恋愛よりも仕事、プライベートな顔は誰にも見せない。
そんなイメージだったけど(実際に1年半見てきてそうだった)
入社以来、彼とずっと連絡を取り合ってきた彩さんに言わせると、その姿は虚像らしい。

彩さんと水瀬さんは、本社勤務として同期入社した。
趣味が一緒で気があった2人は・・・甘い関係にはならず友人として仲良くしていたらしい。
彩さんが地方支社、つまりうちの職場にくるまでは、よく一緒に遊んだんだって。
水瀬さんが遊ぶ姿とか、想像できない・・・。
彩さんがこっちに来てから、他の友人たちや趣味仲間から届く水瀬さんの噂は、あまりいいものじゃなくて・・・。
突然、彼がこっちに来たかと思ったら別人のように人が変わっていたらしい。
それで心配した彩さんが、いろいろ尋ねたけど彼は答えない。
仕方なく、本社にいる友達に探りをいれると、びっくりするようなことを聞かされたらしい。

「あの貴志が、あんな風になっちゃうなんてショックだったわ」

そう言った彩さんは、本当に悲しそうで下を向いたまま唇を噛んでいた。
数年来の友達をここまで悲しませるなんて、水瀬さんに何があったの・・・?
「聞く覚悟はある?」と尋ねる彩さんに、「聞きます」と即答した。
それがどんな内容でも、受け入れる覚悟はある。
水瀬さんのことなら、何でも受け入れたい。



−話したいことがあります、今日で最後にします。
今日の20時、butterflyに来てください。

紗夜は水瀬にメールを送った。
仕事中にこんなメールを送ったら怒られるかもしれないけど、これが最後だから。
きっと彼は何も言わないだろう。
ちゃんと来てくれる・・・?それもちゃんと一文いれた。
だから、きっと来てくれるはずだ。
そのメールを確認したであろう水瀬は、やはり顔色ひとつ変えず仕事に打ち込んでいる。
相変わらずクールな人だ。これが虚像だなんて信じられない。
「最後」ということに狼狽えてくれてもいいのに。

約束の時間の少し前、「butterfly」についた紗夜は、カウンターではなくテーブル席へ腰掛けた。
あの日、彼が飲んでいたものと同じ、ジンフィズを注文して所在無げに辺りを見渡す。
週明けの月曜日の20時前ということもあり、店内は空いていた。

−貴志にはね、婚約者がいたのよ。

彩さんの声が脳内で響く。
覚悟して聞いた内容だけど、やはり「婚約者」という言葉に指先が冷たくなるのを感じた。
「お待たせしました」と、注文したジンフィズをバーテンが届けてくれて、笑顔を返そうと思ったが口の端が引きつっていることに気が付いた。

・・・緊張して、死にそう。

となかく緊張を落ち着かせなくちゃ・・・と、紗夜は目の前に置かれた透明の液体を一気に飲み干した。
レモンの爽やかな香りと弾ける炭酸が喉を通り抜け、ひきついた心臓が少しおさまった。

「いらっしゃいませ」

バーテンの声が店内に響く。
途端、落ち着きを見せた紗夜の心臓が、再び、激しく動き出した。
入口に現れたのは、呼び出した相手、水瀬。
彼は迷うことなく真っ直ぐ紗夜の前までくると、「ふっ」とため息を漏らし、ネクタイを緩めた。
スーツの上着を片手に持っていて、僅かに肌が蒸気している。

走ってきたの・・・?
ってか、ネクタイを緩めるとかー
無駄に色気を撒かないで欲しい。心臓がおかしくなっちゃいそうだよ・・・。

「・・何、飲んでる?」
「え?あ、ジンフィズです」
「ああ、いいな、それ。俺も」

−好きなお酒は、ジンフィズ。
可笑しいでしょ?甘いのが苦手なくせに、あのカクテルだけは好きなんだって。

「初めて会った日も、これを飲んでましたよね?」
「ん・・そうだったかな、だいたい一杯目はこれを飲むことが多い」
「おいしいですね、これ」

少しだけ砂糖が入っている。
どちらかというと、お酒が苦手な女の子に好まれる味だが、彼といると少しだけ苦く感じる。
ほろ苦くて甘く刺激的な味。

「で、話って?」

いきなり本題。こういうところも水瀬らしい。

「聞きました、婚約者がいたって話・・・」
「・・・誰から?」 水瀬の眉が僅かに動いた。
「彩さんっていう・・・水瀬さんのお友達だと。苗字を聞くの忘れちゃったけど・・・分かります?」
「あぁ、あいつがね・・・それで?」
「水瀬さんの彼女になってあげてほしい、ってお願いされました」

直球すぎる・・・?
でも、変化球の投げ方を知らないから、仕方ないよね?
私はいつも真っ直ぐ想いを届けるだけ、だからこそ、いつも真剣でいられた。

「・・ったく、あいつは。それで、高木は何て答えた?」
「包み隠さず教えました、今までの経緯を」
「・・・はぁぁ、何でよりによってあいつに・・・あの女、しつこいぞ、あ、しつこさでならお前と良い勝負だな」

水瀬の顔が綻んだ。
職場ではあまり見せない顔。お酒を飲んでいるからか、それとも友人の話が出たからか、
幾分、砕けた表情を紗夜に見せてくれた。

−ああ、見えて貴志は寂しがり屋なのよ、
だから傍にいてくれる人がいないと本当はダメなの。

「どうして、別れたんですか?」
「どうしてだと?聞いたんじゃないのか?彩にも云ってないけど、あいつのことだから情報は仕入れているだろ?」
「まぁ・・・知っている風でしたけど、こればかりは本人から訊けと」
「ふぅーん、なるほどな。あいつらしい」

パチンー
氷だけを残して、中身を飲み干されたジンフェズが寂しそうにグラスの内側で泡を弾かせた。
それはまるで、水瀬の心の内を表しているようで少し切なくなる。

「訊きたいか?」
「できれば・・・でも、嫌なら無理強いはしません」
「別に隠すほどのことでもない。向こうに男ができた、それだけだ」
「それだけ?」
「まだ、あると云いたいのか?」
「はい、それだけなら水瀬さんはそんな瞳をしていないから」
「どう言う意味だ?」
「初めてここで会った日・・・水瀬さんは女そのものに興味がないと言いました。
けど、それは、婚約者さんの事がまだ好きだからそう言ったのですよね?・・・そして、今もまだ、想ってる・・・?」

彼は私に一途を証明しろと云った。
けど、それは自分自身に云っていたのかも知れない。
一途に人を愛しているは、水瀬の方だった。

「彩に何を吹き込まれたのか知らないが、高木には関係ないことだ」
「でも、いつかは乗り越えないといけないことです、どんなに想っても婚約者は戻ってこない」
「どんなに想ってもか?なら、お前もそうだろ?俺はお前がどんなに想ってもお前のものにはならない」

水瀬は声を荒げると、乱暴にグラスをテーブルに置いた。
初めて見せる感情を出した顔、笑ってる顔よりずっと人間らしい。

−貴志はね、怒らないの。
言葉こそ素っ気ないけどね、滅多に怒ったりしない人なの。

「それが話なら、もういいだろ」

水瀬はそう言うと、1万円札をテーブルに置き、紗夜に一瞥もくべることなく店を出て行った。
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