報われない恋だと知っていても

05.嫉妬

夢中にさせてやるんだから・・・

なんて、強気な気持ちはあっさりと打ち砕かれた。
初めこそは恥じらいと戸惑い、そして緊張を持って告白した紗夜だが、何度も断られるうちにそのピュアさも消えた。
「好きです」「彼女にしてください」「部下以上の関係になりたいです」「もーペットでもいいから」
あと、何て云って迫ったっけ・・?

一歩間違えればストーカー?なんて行為にも出たけど、悪い噂が立たなかったのは水瀬のおかげだ。
彼は紗夜が告白してくることを嫌がらず、いつもちゃんと聞いてくれる。
冷たい態度を取ることも、迷惑がることもない。
ただ、いつも不敵に微笑して、「まだ、無理」 と、云うだけ。

その言葉の中にある「まだ・・」の意味はなんだろう?
いつかは、と期待してもいいのだろうか?
掴めそうで掴めない、でも、届かなそうで近くにいる水瀬に、
紗夜は諦める気持ちをつけるどころか、どんどんその深味に嵌っていった。


水瀬に縁談の話があるのは、彼自身から聞いていた。
有能な彼が出世していく上で独身でいるより身を固めている方が心象が良いという、上司の余計な判断でお見合いを勧められたらしい。

水瀬貴志がお見合い?初めに聞いたときは笑ってしまいそうになったけど、
その相手が同グループ社の専務の娘だと聞いて、紗夜は内心焦りだした。
いや、でも大丈夫。彼がお見合いで知り合った相手と結婚するわけない。きっと形だけだ。
そう思う反面、居ても立ってもいられない焦燥感に、紗夜は水瀬が専務のお嬢さんと会うというカフェへつい行ってしまった。

お見合いと言えば、高級料亭の庭でカタンコトンというししおどしの水音を聞きながら、「後はお若い2人で・・・」
と、ベタな想像しか出来なかった紗夜は、その場所が駅前のカフェということに少なからず驚いた。

日曜日の午前11時。
割と空いている店内で会う2人は、初対面という割に打ち解けた雰囲気だった。
仕事の時とは少し違うカジュアルめのスーツを着た水瀬に、白いワンピース姿のお嬢さん。
歳は紗夜と変わらないくらいだろうか、清楚な黒髪に桜色の頬が可愛らしい印象だ。

「こんなところですみません」 お嬢さんが云う。声も鈴のように可愛らしい。
「いや・・・そちらこそ、ここで良かったのですか?」 水瀬の声はいつもと同じ、淡々としている。
「はい、かしこまった場所は緊張してしまうので」
「そうですか、僕も同じです」
「まぁ・・よかった」

僕?
水瀬が自分のことを「僕」と、呼ぶなんて初めて聞いた!
なによ、あの初々しい雰囲気・・・しかも、可愛らしいお嬢さん・・・。
彼女は、自分の名を「白石 麗華」と名乗った。
いかにも、お嬢様な名前だな・・・と、思う。

紗夜は2人が座っているテーブル席の真横の席、
と、いっても曇りガラスの衝立があるため顔は見られず声はよく聞こえるという最高のポジションへ移動した。

「父の急な勧めでお見合いになってしまったのですが・・・迷惑じゃなかったですか?」 麗華が云う。
「いえ、そんなことないですよ」
「水瀬さんは、副部長さんだと聞きました。その若さで凄いんですね」
「仕事の話は抜きにしましょう、休みの日は何を?」
「そうですね、お休みの日はお料理を習いに行っています。昔からお菓子作りは好きだったんですけど、
お料理の方はどうも苦手で・・・でも、最近、少し作れるようになったんです」
「料理が上手な女性は良いですね」
「やっぱりそうですか?じゃあ、もっと練習しなきゃ」

練習しなきゃ・・・の語尾に、ハートマークがいっぱい飛んで見るほど麗華は嬉々とした声を上げた。
今時珍しいほどの清楚なご令嬢で、趣味は料理ですか・・・
堅物と称される彼も、こんな素敵女子の代表とも言える女の子を前にしたら、あっさりと堕ちるんじゃないだろうか・・・
やばい、泣きたくなってきた・・・
なにが、「緊張してます」よ、めちゃくちゃ話が盛り上がってるじゃない・・・

心のどこかで、水瀬はどんな女の子にもなびかないと思っていた。
今回のお見合いだって、形だけですぐに流れる話だと思っていた。
だから、こんなふうに彼が打ち解けた雰囲気で女の子と話すを聞くのが辛い。馬鹿だな、私。
何も自分から傷つきに来なくてもいいのに。

もう帰ろう、そう思って立ち上がろうとした紗夜の肩を誰かが軽く叩いた。
誰?と、振り向くと・・・

「おー、お前、ここで何してるの?」
「う・・・(江夏)さん・・・」 紗夜は小声で答える。
「ん?何だって?聞こえない・・??え?」

紗夜は人差し指を自分の口元へ当てて江夏に向かいの席へ座るようにジェスチャーした。
それから顔を江夏に近づけて小声で話す。

「先輩・・静かにして、隣に水瀬さんがいるの!」
「え?何でまた?あれ、あの人は?彼女?」 彼もまた紗夜に習い同じく小声になる。
「違いますよ」
「じゃあ、誰?」
「・・・お見合い相手です」

「え!まじ!?」
「しっ―――――!!!先輩、声、大きいですよ・・」
「あ、悪い。悪い。で、まじなの?」
「大マジです」
「お前ー、ついにストーカーか!」
「うう・・それは言わないで・・」

水瀬と一緒に働くようになって、1年。
紗夜が彼に惚れていることは周知のことで、紗夜が彼に告白するのを初めこそからかっていた同僚も、呆れて何も言わなくなった。
こんな風に馬鹿な行動も、紗夜に自覚がある分、周りは苦笑いで見ている。
江夏にしてもそうで少し引いた笑みを浮かべたが、すぐに真剣な表情で立ち上がった。

「いくぞ」
「え・・・?」
「ここに居ても仕方ないだろう?場所変えようぜ」
「あ、はい」

2人はカフェを出た。
江夏に手を引かれながら歩く紗夜は、少し振り返って今出て来たばかりのカフェの窓際席を見た。
楽しそうに会話を弾ませているのが、声の届かない窓越しでも分かる。お似合いな2人、その姿は恋人同士のように見える。
きっと、このカフェは・・・もう2度と来たくないと思うだろうな・・・。
紗夜はそんなことを考えながら、大股で歩く江夏に付いて行った。

江夏が立ち止まったのは、大きな噴水のある公園だった。
日曜日の正午過ぎということもあり、小さな子供たちが笑い声を上げながら走り回っているのが見える。
ジョギングをする人たちや、犬の散歩をしている人、カップルでベンチに座っている人たちもいる。
江夏とは職場の先輩後輩だが、こうしてベンチに2人で座っていると周りからは恋人同士だと見られるのかな?
その不思議な感覚に紗夜は苦笑した。どうせなら、水瀬と2人で座りたい。

「お前さ・・・」 不意に江夏が口を開く。
「はい・・」
「いい加減、諦めらたどうだ?」
「え・・・」
「見ててうんざりするよ、水瀬さんはお見合いしたんだろう?それってもう、お前に脈がないってことだろ、なのに後をつけたりして、何してんだよ」
「お、お見合いは、何か偉い人の勧めだって云ってたし・・」
「でも、嫌なら断るだろ、普通!まんざらでもない雰囲気だったろ?」

江夏の口調が徐々に荒いものになってきた。苛立った様子で拳を両手で叩き合わせている。
なんで・・・先輩が怒るの?紗夜は彼の言動を不思議に思った。
確かに見ててイライラするかも知れないけど、先輩には関係のないこと・・・。なのに何故・・・?
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